
じぶんを切りひらくアート ─ 違和感がかたちになるとき / 石川直樹
水戸芸術館の売店で、思わず手に取ってしまった本。
アートが僕に理解できるのかとの問いは、読み終わったいまも「よくわからない」としか答えられない。ただ手に取ってしまった理由ははっきりしている。サブタイトルが「違和感がかたちになるとき」だったからである。最近、違和感をやり過ごさないことが大切だと思うようになっている。違和感を抱えながら生きてきて、その違和感をドライブさせるとアートになる、という、過程に興味はあった。
その観点で言えば、全員、何らか興味を引かれる部分はあった。特に志賀理江子と高嶺格は面白かった。あと、三田村光土里は、もろに同世代感があって、わからないなりに理解できそうな気になれた。
<目次>
■まえがき
○いちむらみさこ 管理のスキマを表現の場にする
○遠藤一郎 未来へつなげていくひとつの媒体
○下道基行 風景が別の見え方になったとき
○三田村光土里 自分の美意識を信頼すること
○石川直樹 世界と対峙する主観を超えること
○志賀理江子 裏切られた身体と和解すること
○山川冬樹 個人と社会の共鳴ポイントを探る
○高嶺格 誰にも届く快感原則は何か
■あとがき