にほんブログ村 本ブログ ビジネス書へ




「補助金が地方のガンなんや!」

帯にそう書いてあります。補助金とは無関係でいられない立場の人間としては
「そこまで言わなくても・・・・・・」
と思わなくもありません。

しかし、現実に「ガン」と言わざるを得ない補助金の使い方があるのは知っています。補助金獲得が目的化してしまっている事業も見てきました。ですから、帯の言葉を全否定できません。


<目次>
第一章 シャッター街へようこそ
第二章 たった一人の覚悟
第三章 見捨てられていた場所
第四章 批評家たちの遠吠え
第五章 稼ぐ金、貰う金
第六章 失敗、失敗、また失敗
第七章 地域を超えろ
第八章 本当の「仲間」は誰だ
最終章 新しいことを、新しいやり方で、新しい人に

東京からそう遠くない架空の地方都市を舞台にした小説仕立てになっています。主人公はその街の商店で生まれ、いまは東京の中堅電機メーカーに勤める30代の若者です。家業をたたむために、頻繁に実家に戻っているうちにその街の惨状を目の当たりにします。そして、昔の友人と再会する中、家業は業態を変えて存続させ、街の活性化に取り組んでいきます。

主人公は「会社に言われたことだけをやる弱気なサラリーマン」の設定になっています。もともと地元について何か問題意識があるわけでもありません。だから、彼の「成長物語」としても読むことができます。

小説仕立てですから、一種のケーススタディになっていてとっつきやすいと思います。間にコラムの形で解説が挟み込まれているので、その事例にどんな意味があるのか、理解しながら読み進められるでしょう。

おそらく著者の木下さんが経験してきた中で「そのままでは書けない」内容を小説にして書いているのだと思います。だから、それぞれの場面でリアリティがあります。

強く感じたのは、「誰かが覚悟を持って何かを始めないと物事は進まない」ということです。待っていても、ヒーローはやってこない。そういう覚悟のある人の周りには人が集まってきます。仲間ができ、一緒に事業を進めていけば、少しずつ紆余曲折がありながらも前進していくのだと思いました。

僕のような立場、東京に住みながら「支援者」の立ち位置にいる人間にとっても、地元に「支援できる人」がいないとやりようがありません。あくまで主体者ではあり得ない。先頭には立てないし、してもいけないと思っています。
補助金で都会からコンサルタントなどを呼んで、一過性のイベントをやって、コンサルタントはそのまま帰ってしまう。地元には何も残っていない。補助金が消化された実績だけが残る、そんな事業をいくつか見てきました。そんなことをしてはいけないのです。

むろん、主体者ではないのは、内心忸怩たるものがあります。「最終的な責任は負わないのか」と言われると返す言葉はありません。ただ、地域再生事業は、その地に強い思い入れがある人でないとできないと思うのです。いまの僕にそれはないですから、支援の形でお手伝いしていくしかない。ただ、将来はわかりません。主体的に関わりたいと思う街に出会うかもしれないし、思い出すかもしれない。そうなったときのために、自分がやれるとことやり続けていきたいと思います。

地方のあり方、行政のあり方、いろいろな問題をも考えるきっかけになるので、少しでも興味ある方は、手に取ってみてください。


さて、それで補助金の件。

僕は、補助金はガンではなく抗生物質だと思っています。正しく使えば大きな効果がでますが、使いすぎれば効かなくなり、それでも使い続けると、身体を蝕むようにもなってくるものです。

だから、僕らにできるのは、補助金の本来のあり方を模索しながら、きちんとした使われ方にコミットしていくしかないのだろ思っています。

以前、あるベンチャー企業の代表から聞いた言葉です。
「補助金があろうがなかろうが、やることはやる。補助金がもらえるならその分、倍のスピードで達成して、成果を出して、税金で還元したい」
こういう使われ方にコミットできる士業でありたいと思います。

<併せて読みたい本(僕は読んでないけど編)>
福岡市が地方最強の都市になった理由



地方創生大全