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セゾン 堤清二が見た未来/鈴木哲也



「俺たちが好きだった渋谷は、西武(セゾン)なんだよな、きっと」

高校の同窓会で「最近の渋谷はおもしろくないよね」と話をしていて、なんでだろうと考えたのですが、誰とはなしに「西武(セゾン)」の名前が出てきました。

確実に「セゾン文化」に毒された時代の人間として、興味深く読んだ本になります。

<目次>
【一章】 無印良品
【二章】 西武百貨店
【三章】 パルコ
【四章】 専門店
【五章】 ホテル・レジャー
【六章】 チェーンオペレーション
【七章】 人間・堤清二

功成り名遂げた日本の(男性)経営者に、僕はほとんど興味がありません。なんでみなさん、お歳を召されると説教臭くなるんですかね(苦笑)。

もちろん、例外はいらっしゃいます。数少ない例外のお一人が、堤清二さんです。

若い方は知らないのかも知れないので説明しますが、セゾングループは、西武百貨店を中心に、無印良品、パルコ、ロフト、ファミリーマート、西友、リブロ、クレディセゾン、セゾンカード(現イープラス)、などを抱えたコングロマリット(複合企業。多種の業種・企業を統合してできた巨大企業集団)でした。

バブル崩壊に合わせてグループは解体します。ホテルなどを手がけた不動産部門が抱えた巨額の負債を清算するために、切り売りされていきました。

もはや「セゾン」という言葉に何かを感じることはできないでしょう。しかし、僕らの世代、もう少し上の世代の人々にとって、「セゾン」は特別な意味を持っていたと思います。

個人的に一番衝撃的だったのは、そしていまでも当時のセゾンの雰囲気を色濃く残していると思えるのは「無印良品」です。80年代、ブランドブームが起きた時代です。西武百貨店やパルコはブームを先導している立ち位置でした。その同じグループの中から、「ブランドのマークがつくだけで高くなるのはおかしい」をコンセプトにした小売が生まれてきたのですから。もともとセゾングループのスーパー「西友」のPB(プライベートブランド)だったとはいえ、発売3年後には、青山に独立路面店を構えるまでになります。

ノーブランド商品は、無印良品が最初ではありません。ダイエーなどのスーパーが70年代からPBに取り組んでいました。ただその商品はメーカーの模倣品、廉価版のイメージがついて回りました。後発の無印良品はそのイメージを払拭します。
「わけあって、安い」
を明確にしました。「素材の選択」「工程の点検」「包装の簡素化」といった価格を安く抑えた理由を隠さず説明していきました。

「他のスーパーのノーブランド商品はわけありげの商品。無印のはわけあり商品」
という堤さんの言葉が残っています。

ただ「わけあって、安い」にこだわっていた無印良品は、決して単なる安売りに走ることはありませんでした。

同じ頃、流通業界を席巻した会社にダイエーがあります。「安売り」を武器に全国に浸透していきました。そこには創業者である中内さんが掲げた「流通革命」という思想がありました。
「流通革命の目標は、価格決定権をメーカーから流通業者に奪い返すことにある」
そう主張されていたのです。

しかし堤さんは、流通革命について一定の評価をしつつ、次のように考えていました。
「小売業が効率化を追い求めていけば、地域性や消費者の好みの差を排除する方向に傾きがちになる」

個性や多様性を大切に考えていました。無印良品では「無印らしさとはなにか」を考えていました。「『MUJI』がブランドになっていないか」との問いかけも続けていました。そのDNAを引き継いできたからこそ、無印良品の現在の隆盛があるのだと思います。

70年代から80年代のセゾンは、どの業態であっても「らしさ」を感じることができました。なにがどう、と具体的には言いにくいのですが、パルコにはパルコの、ロフトにはロフトの、リブロにはリブロのイメージを感じたものでした。

近年、「モノ消費からコト消費へ」などと言われていますが、セゾンは40年前にそれをやっていたとも言えるのです。

堤さんは、常に新しいことにチャレンジして、イノベーションを起こしてきたともいえます。ゼロからイチを生み続けました。ただし、それを維持していくのに難があったように見えます。手綱を締める参謀がいればよかったのでしょうが、優秀な人は各社の幹部になっていき、グループ全体を俯瞰する参謀がいなかったように思います。否応なく「裸の王様」担ってしまった部分もあったでしょう。最終的にそれがセゾン解体の大きな原因になったと思います。

でも、私たちは堤さんに学ぶことがあると思うのです。同じことはできません。しかし、先が見えない混沌とした時代の中で、新しいなにかを生み出して行くにはどうすればいいのか、その思考には今に通じるヒントがあると思います。

それは単純なことではありません。

堤という経営者の本質は、事業家であり資本家でありながら、行きすぎた資本主義に社会に対する違和感を捨てなかったところにある。(P65)

興味深いのは、欧州の高級ブランドを日本国内で広めたり、世界の一流ホテルを買収したりしながらも、「わけあって、安い」にこだわる堤という人物の「両義性」だ。(P68)

堤さんが抱えていた複雑さの中に答えがあるのなら、常人に真似することはできはしないと思えます。それでもなお、自らに問いかけ、自分たちらしさとはなにかを問いかけ続けなければ、新しいイチは生まれようがありません。

セゾン文化の恩恵を受けた最後の世代として、堤さんたちのような姿勢を自分も持ち続けたいと思っています。

<併せて読もう>
ポスト消費社会のゆくえ/辻井 喬、上野千鶴子