にほんブログ村 本ブログ ビジネス書へ

中村屋のボース―インド独立運動と近代日本のアジア主義/中島岳志



新宿中村屋」をご存知ですか。
名物料理であるインドカリー、説明には「恋と革命の味」とあります。なぜそういわれるようになったのか。そもそもパン屋だった中村屋の名物料理にインドカリーがあるのか。

この本を読めばわかります。

〈目次〉
はじめに
第一章 インド時代
第二章 日本へ
第三章 「中村屋のボーズ」
第四章 日本での政治活動の開始
第五章 苦難の道へ
第六章 「大東亜」戦争とインド国民軍
終章 近代日本のアジア主義とR・B・ボーズ
あとがき

ラス・ビハリ・ボース(以下ボーズ)は、インド独立の革命家です。イギリスに支配されていたインドの独立を目指し、若いころから過激な活動を始めます。

第一次世界大戦のころ、イギリス政府のお尋ね者になり日本に身を寄せます。しかし当時、日英同盟を結んでいた日本政府は、イギリス政府に気兼ねして、彼を国外退去処分にすることを決めます。日本から出れば、イギリスに逮捕され、極刑になるのは免れない。

退去日直前、日本のアジア主義者たちが動きます。巨頭・頭山満も動き、ボーズをかくまうことに決めました。その潜伏先として選ばれたのが「中村屋」でした。

そこで彼は、「インドカリー」のレシピを伝授します。そして、中村屋店主の娘・俊子と恋に落ちます。

こうして中村屋の「恋と革命の味・インドカリー」は誕生しました。

第一次世界大戦が終わると、イギリス政府も日本政府への圧力を弱めます。もちろん、インドに戻ることがあれば逮捕したでしょうか、日本にいる限りは手出しをしなくなります。ボーズは日本国内では自由を手にし、俊子と結婚し、日本国籍も取得します。

日本を起点に、反英独立運動を続けています。それを支えたのは、日本国内のいわゆる「アジア主義者」たちでした。アジア主義者たちは、本気で西洋列強からのアジア解放を目指していました。ただし注釈がつきます。「日本を盟主とするアジア」です。また政府や軍部は、西洋の後追いとしての帝国主義的政策を推し進めます。

そんな中で暮らすボーズは、内心複雑な思いがあったはずです。その一端を垣間見られる記述もあります。しかし彼は、インド独立のために日本を利用する道を選びます。積極的に日本の軍部にも協力をし、最終的には大東亜戦争を積極的に評価して日印両国国民にその意義を説くようになります。

当時のアジアの独立運動家、日本のアジア主義者にとっての苦悩は、「近代化された西洋による植民地支配を克服し、東洋的精神を敷衍させるためには、西洋の近代化された手法、特に軍事力を用いてなくてはならない」という難題を抱えたことだと思います。西洋化に棹差すことで西洋化を打倒する。この矛盾をどうするのか、それぞれの人なりの苦悩があったと思われます。

ボーズが単に日本を利用したのだと思いません。自分の命を、危険を顧みず助けてくれた人たち、そのことで生まれた家族、友人。そうした人への想いもあるので、なんとか日印両国にとって良い形で物事が進むように、気配りもし、進めていったのだと思います。

人を、歴史を、一つの切り口から見て単純に評価するわけにはいかない。強く考えさせられる1冊でした。