にほんブログ村 本ブログ ビジネス書へ

奇跡の醤(ひしお) 陸前高田の老舗醤油蔵 八木澤商店再生の物語/竹内早希子



「艱難を共にすべく、富貴を共にすべからず」
幕末の志士、高杉晋作が言ったとされる言葉です。人は困難なことには協力して対処できるが、恵まれた状況では協力できない、との意味だと言われています。

本書を読み進めるうちに、この言葉を思い出していました。大震災、そしてそこから復興への一歩を踏み出し始める困難は、一致協力して進めることができるけれど、状況が好転しそうになるとそれが難しくなる。第9章を読みながらそんなことを思っていました。

しかし、そこで終わりではありませんでした。読み進めれば、そのもう一歩先があることがわかります。

<目次>
第1章 二〇一一年三月十一日
第2章 全部なぐなった
第3章 絶対、復活してやる
第4章 スカイブルーの町――気仙地方と八木澤商店の歴史
第5章 信頼関係なんかクソくらえ
第6章 失われた伝統の味
第7章 青い麦
第8章 なつかしい未来創造株式会社
第9章 再建への長い道
第10章 希望をつなぐ初搾り
第11章 奇跡の醤
第12章 地上を行く船

本書の主役は、陸中高田市にある醤油蔵八木澤商店です。現社長の河野通洋さんを中心に、八木澤商店の社員や陸中高田の中小企業同友会メンバーの活動が書かれています。

陸前高田市は、被災地の中でも特に被害の大きかった地域です。
「陸前高田市 壊滅」
当時、そう見出しを打った新聞があったほどでした。

八木澤商店は、陸前高田で200年以上の歴史を持つ、老舗の醤油蔵です。津波で歴史ある土蔵や杉桶、そして醤油屋の命である「もろみ」を失いました。

事業をやれるような状況ではありません。しかし、誰も辞めさせないと宣言します。それどころか、入社予定だった二人をそのまま入社させました。さすがに無謀だという声もあったようですが、河野通洋社長は押し切ります。

そこから復活のための活動が始まります。ゼロからどころかマイナスからの再スタートだったでしょう。多くの困難がありました。本書を読んでいただければ、それがどれほどのものかわかると思います。

特筆すべきと感じたことは、自分の会社のことだけのために動いていないことでした。陸前高田全体のことを考え、街が復興するための活動にも積極的にイニシアティブをとっていました。自分の会社がとてつもない困難な状況にある時に、こうした行動がとれるのか。普通は難しいと思います。できない理由はいくらでもいえるわけですから。

そうすると協力する人もどんどん表れてきます。中小企業同友会の仲間は、協力というより最初から一緒に動いているような印象を受けます。地元地銀(岩手銀行)は、「一社も潰さない」といい、借入金の返済を猶予します。

ただこうしたことは、震災後の河野社長の姿勢だけで怒ってきたわけではないと思います。それ以前から彼が、陸前高田の人々とどのようにかかわってきたのか、その積み重ねの結果です。いえ、彼一人というより、9代続く八木澤商店の歴史の中で、先人たちが町のためにどんなことをしてきたのか、その過程すべてが凝縮した成果だと思います。

その後、分析のために水産技術センターに渡していたもろみが奇跡的に発見され、再建へのスピードが加速していきます。

しかし、隣町である一関市に工場を再建したあたりから、みんなの気持ちがバラバラになっていきます。さまざまな理由から陸前高田の中に工場を立てることができませんでした。市境を越えてすぐのところとはいえ、地元ではないところに立つ工場に通勤し、そこで再スタートを切ることになりました。震災後、突っ走ってきた疲れも出るでしょう。慣れない通勤、地元ではないという複雑な思い、さまざまな要素が絡みなって、震災直後のような一体感はなくなります。

だから、冒頭に書いた言葉を思い出したのです。

しかし、それで終わりではありません。そこからもう一度立て直します。辞めていった人もいましたが、社員の一人はこう語るようになっていきました。

「みんな葛藤は思い切りあります。きれいごとだけじゃなくて、いろんな思いがぶつかりあってる。辞めていった人たちも、いろんなものを抱えてたんだと思います。でも離れてもやっぱり八木澤商店を気にかけてくれてて、同じ職場にいなくても、別の部分で、今もつながりがあります。」(p252)

もちろんまだ道半ばです。これからも困難があるでしょう。でもきっとさらに前に進んでいくだろうと僕は信じています。

「ものごとは、一を百にするよりも、ゼロから一を生み出すほうがはるかに難しい。でも、そこに関わることで人は成長できます。
ゼロが一になるまでの間には、実は目に見えない。〇.〇〇一とか〇.〇〇〇一とかのちっちゃな、ちっちゃな力の積み重ねがある。それが全部集まって、やっと一になるんです。
醸造業でも、教育でも、全部同じです。私はそこにとても意味を感じます。」(p3)

これは河野社長が著者の方に語った言葉だそうです。八木澤商店はすでにゼロから一は生み出しました。これからどうそれを進めていくのか。そして町にはまだゼロのままのものもあるでしょう。それをみんなで一を生み出していく。震災以後の経験が、きっとそれをやり遂げるだろうと、信じさせてくれます。

とても感動する話でした。ただ、感動して、で終わりにはできないと思っています。震災が露わにしただけで、陸前高田の問題は多くの地方も抱えていることです。

だから、どれだけ自分ごとに引き付けられるか。自分の課題と重ね合わせることができるか。それが本書を読む最大の価値だと思っています。