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考えながら走る―グローバル・キャリアを磨く「五つの力」―/秋山ゆかり


(2013年12月7日付、『【読書】考えながら走る―グローバル・キャリアを磨く「五つの力」―/秋山ゆかり』を加筆・修正したものです)

 タイトルに「グローバル・キャリア」と入っていますが、グローバルかどうかとは関係なく、キャリア一般を考えるために役立ちます。そもそも著者は

「私は日本のために、日本で仕事がしたい」(p40)

という理由で海外転勤をことわり会社を辞めて独立された方です。「グローバル」を過度に意識して読まないほうがいいと思います。

また帯に「インテル→BCG→GE→日本IBM」という社歴も書かれていますが、ここでも「私には関係ない」と思わないほうがいいです。この社歴は結果論。試行錯誤・紆余曲折を経てこうした輝かしいキャリアを積まれていますが、この本に書かれていることはその過程での悪戦苦闘、もがきながら手に入れたノウハウです。どんな人にも役立つと思います。

<目次>
序章  私のキャリア奮闘の軌跡
第1章 選択肢を生み出す力
第2章 成果が出る勉強力
第3章 危険からリカバる力
第4章 結果が出せる現場力
第5章 未来を創る進化力

「もう一つの会社」を持つ
社外で通用する能力があるかどうかを判定してした場所が「もう一つの会社」です。そこで本当にボランティアとして働くのです。(p67)

自分のスキルが社内でしか通用しないのでは? という不安を覚えることはありませんか。僕はありました。そのためになにかをした、ということはなかったですけど(苦笑)

いま、ボランティアや社外での活動に対する関心は、少なくとも以前より高まってきています。そうした活動へなんらか関わる人は増えてきています。一方で、こうした風潮に対して、まず自分の足元の仕事をきちんとやることが大事だ、と言われる人もいます。

でもこれは、トレードオフの関係ではないと思います。秋山さんはボランティアの場で、仕事で培ったスキルを活かし活動されています。金銭的な報酬はありませんが、先方からも感謝され、専門家として認めてもらう。自分のスキルが社外でも通用することも確認して、今度はそのことを本業へもフィードバックされています。

主たる収入を得ている仕事をおろそかにして、ボランティアも社会貢献もありません。しかし、そうした活動は、きちんと取り組めばシナジー効果で主たる仕事へたくさんのことを還元できるはずだと思います。

今風に言えば「プロボノ」。自らの専門知識や技能を生かして参加する社会貢献活動です。僕自身、今後こうした活動に関わりたいと思っています。

自分を批判しない、変えすぎない
人のせいにせず、自分を変えることは成長する上で非常に大事なポイントです。しかし、自分を変えすぎると、自分の良さが消えてしまう可能性があることは忘れてはいけません。(p119)

「他人のおかげ、自分のせい」
という言葉があります。うまくいったことは他人のおかげ、失敗したら自分のせい、と考えよう、ということです。僕はこの言葉が好きなのですが、ただ経験上、そう考え過ぎるのも問題だと思っています。

失敗の責任を他人に押し付けるのは良くありません。そうかといって自分を責め過ぎるもの問題があります。鬱になりかねませんから。そして、無意識に鬱になることを避けようとすると、ある時点で思考が反転し、結局すべてを周囲の責任に転化してしまうように考え始めるからです。これは防衛本能だと思います。そうではなく、適度に自分を反省しつつ、適当なところで折り合いをつけないといけません。

「自分を変える」ということには、さらに慎重であるべきだと思います。「変わる」という言葉は便利なのですぐに使ってしまいますが、変わるものはなにか。自分が本来持っている性格や資質ではないと思います。変えるべきは「行動」です。自分が持っているものをどう組み合わせると行動を変えることができるか、ということを考えるべきで、生まれながらの資質を変えられるわけではないのです。

ココ・シャネルはこう言っています。
「欠点は魅力のひとつになるのに、みんな隠すことばかり考える。欠点はうまく使いこなせばいい。これさえうまくいけば、なんだって可能になる。」

現場の脊髄反射を超える仮説はない
現場の方から出てくる課題やその解決策は、彼らが普段から感じていることを脊髄反射的に言っているものですが、実はそれが正しいケースがとても多いのです。(p160)

最近「直感力(あるいは直観力)」についてよく考えます。直感は大抵正しい、良質な体験に基づく限りは。論理は方法論だから机上で学べますが、直感は現場での経験の上にしか育っていかないと思います。

ただ、直感は暗黙知だから最初はうまく言葉にできません。さらに往々にして現場の人は言葉にすることが苦手な人が多い。ですから、リーダーと言われるような人は、現場に足を運び、現場の声をよく聞いて、それを「論理的」に説明できるようにする、ということが必要になります。組織の問題点を解決するためにはこの道が最善なのだと思います。

最近は「論理的に考える」必要などなく、論理はものごとを「整理」して他人にわかりやすく「伝える」ために使うものだ、とすら思うようになってきました。

作業ミスは怒らない
本人が直そうと思っても直せないもので、悪気はないのです。怒られても本人にはどうしようもないので怒るだけ無駄。それよりも、ミスは必ず起きるものと考えて、防止策を取るほうが建設的です。(p173)

この言葉は自分が救われたように思います(笑)いまだにやらかしてしまうことが多々あります。

よくある話だと思うのですが、クレームなど事故があった場合に「再教育をして意識の徹底をはかる」なんてことを対策としてしまいませんか。

でもこれってほとんど意味がないと思います。ミスをしたくてしている人はいません(たぶん)。そして、一番反省しているのもミスをした本人です(おそらく)。それにかぶせるように怒っても聞く耳を持たないと思います。

「言われなくてもわかってるよ」
という気持ちが先に立ってしまう。そんなことをするよりどうやったらミスを起こさないか、少なくとも減らすことができるのか、仕組みを作ることを考えたほうがいいわけです。

ミスの原因のほとんどは確認不足だと僕は思っています。だからどうしたら確認不足にならずにすむかを考えたらいい。というのは簡単ですがそれがうまくいかないからミスは繰り返されるわけですけど。

ただ、コミュニケーションをよくとることは大切だと思います。指示がちゃんと伝わっていないが故の確認不足、というのはありがちなことです。仕事のトラブルのほとんどは「話をしていない」ことが原因だとも言われています。しつこいと思われてもとにかく話をする、相手に伝わっているか確認する、そしてできるだけ複数の目でチェックができる体制を作ることが肝心だと思います。(つまりそれば自分にとっても課題だということです)

(追記)
元の記事を書いたのが2013年12月、診断士登録したのが同年の10月。「もう一つの会社」を持つのところを読み返してみると、診断士としてどう活動していけばいいか、まったくイメージできていなかったのだと思います。この時期から試行錯誤を始めたという実感はあります。

現場を大切にすること、作業ミスを怒ららないことは、いまでも心がけています。現場の件は、診断士としても常に意識してます。経営者の話だけでは本当のことはわからない、との前提は外さないようにしています(現実、経営者の話しか聞けないこともあるので、その裏側は想像するようにしています。)作業ミスの件は、そもそも僕が率先してミスするので怒ったりできません(苦笑)。