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あるセミナーのアンケートを見ていた時のこと。こんなコメントが目に入りました。
「ベターな改善案を示すべきではないか」

そのセミナーでは、事例の解決案をいくつか提示したうえで議論をして、集約はしませんでした。意見が言いっぱなしで終わってしまった印象を与えたのだとしたら、こういう意見が出ても仕方がないな、とは思います。

しかし、もしこれが
「正解を提示すべきだ」
という話だとすると、ちょっと違うだろうと感じます。
世の中に正解があることのほうが少ないのではないでしょうか。明らかな間違いは存在しますが、絶対の正解はほとんどないと思います。

経営者の方にインタビューをさせていただく機会がありますが、皆さん口をそろえて「経営にはゴールはない」とおっしゃいます。デザイナーなどクリエイティブ系の方にも、「完璧だと思っても、すぐに違うやり方がある、もっといいものが作れると思ってしまう」と聞いたことがあります。

いまこうやって文章を書いていても、何が正しい書き方なのかわからないまま書いています。ゴールは読者に伝わるような文章を書きたい、ということですが、では、どんな文章を書けば伝わるのか、絶対の真理はありません。いつでも試行錯誤しています。

「絶対の正解ではなく、モアベターな案の話だ」
という意見があるかもしれません。ただ、その場合でも、その時々の状況や環境によってモアベターなものも変わります。文章の話でいえば、読者が誰かでそれは変わってきます。

さらに言えば、本当のところはやってみないとわからない。いくら議論し、熟考したって、その案がより良いものかなんてわかりはしません。それでも自信をもって取り組むために、「正解と思われるもの」を見つけないといけない。だから深く考え、議論もするのだと思うのです。

我々は正解を出すことが正しいと刷り込まれ過ぎていると思います。シロクロはっきりさせることが決断力だと誤解している気がします。

世の中の大半は、もっとグレーゾーンの中にあります。そのモヤモヤ感に堪えることが必要です。

あくまでいま正解だと考えていることは暫定にすぎません。だからやってみて、違うと思ったら違うアプローチをすることも必要です。そのためには、複数の案を自分の中に持っていないといけない。これしかない、なんて思いこまないほうがいいのです。

正解を出すことを急がない。熟考し、反対の意見も聞き、代替案も留保しながら進め事が必要です。それはかっこよく見えないかもしれない。決断力がないように見えるかもしれない。「決めらない人」と言われるかもしれない。それでもなお、そのあいまいさに耐えられる人だけが、より良い答えに近づけるのだと思っています。

PS
そういえば昔、こんな記事を書いていました。2013年1月です。
⇒ ■【雑記】「グレーゾーン」に耐えるということ