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輝ける場所を探して 裸でも生きる3 ダッカからジョグジャ、そしてコロンボへ/山口絵理子


 
「柔らかくなってるなあ」
読後、最初に思ったことでした。丸くなった、のほうが適切かもしれません。

著者の山口絵理子さんは、株式会社マザーハウスの代表取締役社長兼デザイナーをされています。マザーハウスは
「途上国から世界に通用するブランドをつくる」 
という理念のもと、バングラデシュでバッグを、ネパールではストールを生産し、直営販売店舗は日本のみならず、台湾、香港にも広がっています(これを書いている時点で28店舗)。

山口さん自身の歩みを綴った『裸でも生きる』シリーズは、今回で3作目になります。

2007年に出版された第1作『裸でも生きる ~25歳女性起業家の号泣戦記~ 』は、バングラデシュで起業するまでの道のりが、2009年刊行の『裸でも生きる2 Keep Walking 私は歩き続ける』では、バングラデシュでの紆余曲折の末の成長と、ネパールへ進出していく過程が描かれています。

そこで感じたのは「ヒリヒリするような熱さ」でした。誰もやったことがないビジネスモデル。成功するはずがない、誰に聞いてもそう言われたそうです。そんな中、道なき道を切り開いていこうとする情熱だけで進んでいました。仲間もまだ少なかった。特に生産にかかわることはほとんど山口さん自身がされていたのでしょう。 「発注数を決めるのも、素材調達するのも、検品仕様書を作るの自分でやっていた」 と言っていたことがありました。だからこそ、見えない何かに立ち向かっていく、尖ったものを感じました。

今回、7年ぶりに上梓されたPART3『輝ける場所を探して 裸でも生きる3 ダッカからジョグジャ、そしてコロンボへ』からはそんな「ヒリヒリ感」や尖った感じは受けませんでした。劇的な大事件も起きません。それが冒頭の感想につながっています。
 
<目次>
プロローグ 「裸でも生きる」とは?
第1章 ユドヨノ大統領に意見する
第2章 冒険の入り口はアリババから
第3章 職人さんはどこにいる?
第4章 シルバー村の銀職人・ワリヨさん
第5章 この村の人たちは、もっとできる!
第6章 金職人・ムギさんと王様の冠
第7章 わずか1センチの奇跡が起きた!
第8章 よみがえる彼らのプライド
第9章 日本チームへバトンタッチ
第10章 バングラデシュのみんなに会いたい
第11章 冷房が苦手なムギさん、日本上陸
第12章 スリランカは石の宝島
第13章 採掘場の強面おじさん
第14章 ジュエリーのフラッグシップショップ誕生!

「丸くなった」と感じられるようになったのは、会社が大きくなって、安定もして生きていることと関係があると思います。今回は、インドネシアとスリランカでジュエリーの生産を開始し、日本で販売するまでのストーリーが描かれています。以前なら、全部ひとりでやっていたところを、いまは各国にカントリーマネジャーが常駐するようになっています。MDチーム(発注担当)やQCチーム(品質担当)などが力をつけてきて、山口さんからのさまざまなオーダーに応えてくれる体制もできています。前作までは山口絵理子個人の色合いが強いストーリーでしたが、今回はチーム・マザーハウスのストーリーになっている。だから、一人で尖がる必要もないわけです。

それで面白くないのか、と言えばそんなことはありません。山口絵理子さんはやっぱり山口絵理子さんでした。

バッグやストールの製造販売は安定した状況にあります。そんな中、あらたな途上国に進出し、製造経験のないジュエリーに挑戦するリスクを取る。なかなかやらないチャレンジだと思います。リスクを低減させつつ成長を目指すなら、すでに稼働しているバングラデシュの工場で生産できる新アイテムを探す。あるいは、新しい国に出ていくなら作りなれたバッグを生産する道を選ぶ。これが普通に思いつくことではないでしょうか。でも、山口さんは、マザーハウスはそうした方法を取りませんでした。

「世界は広いんだ。私は外に出よう。”途上国から世界に通用するブランドをつくる”を体現するのは私なんだ。新しい場所でもう一度、0から1を作りあげよう」(p21)

「途上国から世界に通用するブランドをつくる」 
ために自分に何ができるのか。山口さんが自身に問いかけた結論があらたな国で、あらたなアイテムを作る挑戦だったのです。

ただ最初から、やることを決めていたわけではありませんでした。ジュエリーをやるとかスリランカに行くとかあらかじめ決めてからインドネシアに向かったわけではないのです。「何か」を求めて、世界を歩き続けていました。

インドネシアのジョグジャカルタに行くことになったのも、バティック(インドネシアの伝統工芸であるロウケツ染め)に興味を抱いてサンプルをオーダーしたことがきっかけでした。現地で動きながら、違う可能性も探していった結果が、ジュエリーとの出会いにつながります。

大事なのはフットワーク軽く動いていくこと。それをしないで新しいことを生み出すのは難しいと思います。

動いていればさまざまな情報が情報も入ってくるようになります。その中で次にやりたいことを見つけたり、カタチにする方法に気づいたりしていきます。すべてを決めて、計画を立てないと動けないでは、チャンスに巡りあえない。山口さんの行動がそれを教えてくれます。


そしてこの本を貫く、もう一つの大きなテーマは
「手仕事」
の大切さです。

手仕事は、失われつつある。
今やらないと、手遅れになることが山ほどある。
「手」で付加価値を作っている人、「職人」としての誇りを持って戦っている人。 そんな人たちと仕事がしたい。手の温もりを、世界に届けるために。(p255)

山口さんはあるところで
「職人さんなど、ものを作っている人たちに読んでほしい」
とこの本について語っていました。いま、手作業でものを作っている人たちは厳しい環境にある。そういう人たちが何かヒントを得たり、勇気を持ったりしてほしいという想いを込めた、ということでした。

実際、本に出てくるインドネシアやスリランカの職人さんたちは、マザーハウスと組んで、がんばる方向性を少し変えただけで挑戦する舞台が大きく広がっています。状況を俯瞰して、どこにチャレンジする先を持っていけばいいか考えてみると、いまとは違うチャンスがやってくることを証明しているのです。

僕もモノづくりに関わる人たちにぜひ読んでほしいと思いました。「モノづくり国家・日本」と言いながら、職人の方、広くいえば製造業への評価が低いと感じでいます。経営や金融など、頭を使うとされる仕事は高収入を得る可能性が高いのと比べると、不当だと感じるほどです。もちろん、経営も金融もITも大事、だけどそれと同じように手仕事、モノづくりも大事なんだと思うのです。

モノづくりの現場から一貫してかかわるマザーハウスだから、代表取締役がデザイアーを兼務して現場に立ち続けているからこそ、彼女たちの挑戦を通してモノづくりの現場にいる人たちの背中を押し続けていくのだろうと思っています。

それは必ずうまくいてくかどうかはわかりません。でも、やってみないことにはわからないのです。

なんでもやってみないとわからない。
「やったことないだけじゃん?!」ということは、世の中たくさんあるのだ。それなのに、どこからか。誰かから「やってみてないこと=不可能なこと」と翻訳されて、伝わることが世の中多いと、この仕事をしながら感じている。(p99)

「やってみないとわからない」
この言葉は、マザーハウスが歩んだ10年間の挑戦が証明していると思います。できない理由を考えるのではなく、どうしたらできるのかを考え、チャレンジしてみる。失敗するかもしれません。でもなにもしなければ何も起きません。

何かをしたいのであれば挑戦すること。し続けること。このシンプルな原則をあらためて教えてもらえる本でした。

〈PS〉
『裸でも生きる』1・2について僕が書いた書評も併せてどうぞ。
【読書】裸でも生きる ~25歳女性起業家の号泣戦記~ /山口絵理子 : THE ONE NIGHT STAND~NEVER END TOUR Ⅱ~
【読書】裸でも生きる2Keep Walking 私は歩き続ける/山口絵理子 : THE ONE NIGHT STAND~NEVER END TOUR Ⅱ~

*クーリエジャポンで、本書に関連したインタビューもされています。