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語彙力を鍛える 量と質を高めるトレーニング/ 石黒 圭



わかりやすい文章は、わかりやすさを優先するがゆえに、手垢のついた表現で構成されがちです。その結果、陳腐で脆弱な表現が増え、日本語の持っている豊かさが失われてしまいます。読者を惹きつける文章にするためには、表現上ひとひねりし、読者の頭を使わせる工夫が必要です。 (p97)

「わかりやすい文章を書け」とよく言われます。難しそうに書くことに価値があるような考えも一部にありますが、それは書き手の自己満足です。読者に届かない、理解してもらえない文章は価値がありません。

一方で「手垢のついたこと言葉を使うな」とも言われます。わかりやすさを追求するあまり、陳腐で脆弱な表現に終始してしまうと、読者の興味を引くことができません。興味を持ってもらえなければ、読んでもらいない、途中で読むことを放棄することも起きるでしょう。

一見、背反する二つの要求を満たさなければ、「読ませる文章」にはならないのです。では、両立させるためには何が必要なのか?

いくつか考えられますが、「語彙力」を高めることは間違いなくその一つの方法です。では、語彙力とはなんでしょうか。たくさんの言葉を知っていることも語彙力の一部ではあるでしょう。しかし、それだけでは十分とは言えません。

本書では語彙力を次のように定義しています。

語彙力=語彙の量(豊富な語彙知識)×語彙の質(精度の高い語彙運用)

本書を通読することで、本当の語彙力とはどのようなものか、それはどのようなトレーニングを積んでいけばいいのかが理解できるようになっています。

<目次>
はじめに 言葉が思考を規定する
第一章 語彙についての基礎知識
第二章 語彙の「量」を増やす
第三章 語彙の「質」を高める

「量」について11、「質」について11のメソッドが紹介されています。どれもが大切なことで、普段から意識してトレーニングすれば効果は大きいと思います。ただ、人によって得手不得手もあります。どのポイントを特に意識するかは人によると思いますから、一読して、自分に必要なメソッドを探してみるといいでしょう。

僕が意識している点をあげてみます。

「量」の面でいくと、「類義語と対義語」です。
一つの対象をあらわす言葉を一つしか知らないと、平板な表現しかできません。また使っている言葉がしっくりこない、違和感を覚える、平板な表現で気恥ずかしい、などの場合に、別な複数の候補の言葉から選ぶことができれば、説得力も生まれます。

また、二つのことを対比して文章を構成することはよくあります。その場合、適切な対義語を使うことで論旨が明快になってきます。単純な例を出せば、「高い」の対義語として考えられるのは「低い」と「安い」です。これを的確に使わなければ論旨はめちゃくちゃになってしまいます。また、複数の対義語を考えることで、その言葉の意味を多義的にとらえることも可能になります。

ということで「質」の面で重要だと思っていることは「多義語」についてです。

この場合、その語が辞書的に持っている意味が複数あるという点も大切ですが、それとともに、立場や環境で違う意味にとらえられてしまうことも考えないといけないと思っています。されに言えば、意味があっていればそれでいいということでもないでしょう。受け手がどう感じるか。わざわざ傷つけるような言い方をするべきではないと思います。

太った人に「デブ」といっていいのか。デブは事実でしょうが、それをストレートに文字にしていいのかは、よくよく考えないといけません。面と向かっていうのなら、表情や口調で違うニュアンス、奥底にある愛情を伝えるとこともできますが、文章は文字情報だけです。読者を不愉快にさせることが目的の文章を書きたいのなら好きにすればいいですが、きちんと届けたいと思うなら、安易な言葉遣いをすべきではありません。

読者の心に届く言葉にするためのコツは、文脈に合った等身大の言葉選びをすること。それに尽きます。(p240)

文脈にあった言葉を選ぶために考え抜くこと。これは絶対条件です。そのために語彙力は必須の素材になるのだと思います。
現代は、ネットから始まり、現実社会でも安易な言葉があふれかえっています。著書の石黒さんはこう言います。

言葉はどうせタダなのだから、人目を惹きつけられれば何を言ってもいい。言った者勝ちである。そんな刹那主義が、政治の世界でも、ビジネスの世界でも、メディアやネットの世界でも横行しています。その結果、偉そうな言葉や凝った言葉、威勢のいい言葉が巷に溢れるようになりました。現実世界の反映であるはずの言葉が現実世界をねじ曲げ、言葉だけが過剰なインフレに陥っている状況に不安を覚えざるをえません。(p239)

この本は、こうした言葉をめぐる現代社会の病と戦うために書かれました。そして僕も同じような不安を覚え、危機感を感じています。同じように、こうした風潮に抗っていきたいと強く思っています。