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キャリアプランというものを作ったことがない。

もちろん若いころには考えた。若くなくなってからも考えることは考えた。しかし、思惑通りに運んだためしは一度たりともない。だったら止めた、と決めたのが8年前。ちょうど厄年を超えたころだった。

それからは、目の前に転がってきたボールを拾うことに繰り返してきた。なまった心身にはボールを拾うのも一苦労だったけど、ひとつふたつと拾うことを繰り返しているうちに、以前には考えてもいなかったチャンスがやってくるようになった。

imawoikiru


大学を卒業する時の就職活動や無職時代の求職活動の間、一番聞かれて困ったのは、「何をしたいのか?」である。自己分析が必須と化しているいまの時代の就活なら連戦連敗は必至だろう。そもそもやりたいことがわからないのだから、自分でプランなど立てようもないではないか。

「やりたいことが『わからない』」と書いたけど、本当は「なかった」のだ。やりたくないことはあっても、やりたいと思うことはなかった。逆に言えば、よほど嫌だと思うこと以外は、なんでもよかったのである。

昔のキャリアで、一番長くかかわった業界はホテル・観光業だけど、もちろんやりたかったわけではない。入社3年目に子会社のホテルに飛ばされたから関わるようになっただけである。やってみたら面白かった。だから頑張ったのである。

いま経理の仕事をしているのも、もちろん自分の希望などではない。一番避けたかった職種だ。業務命令に逆らえないからやっただけだ。そして、やっていくうちに楽しくなったかと問われると、楽しいとは言えない。ただ昔と違うのは、「やってみたら楽しかった」ではなく「どうやったら楽しくなるか」を関g萎えることができるようになったことだ。そう思えば、自分の立ち位置、振る舞いの仕方が見えてきたりする。

ゴールを決めている人はプランを立てることは有効だろう。だが、ゴールが見えない人に詳細なプランなど立てようがない。社会経験の少ない若者、特にこれから社会に出る就活生にゴールが見えているとは思えない。そんな人が無理して作ることなどないのである。

そして、半世紀生きて生きてもゴールが見えない人がいる。僕のことだ。困ったもんだ、と思わないでもないが、なくても困らない。ゴールがわかってしまえば、つまらなくなってしまう気がする。行く先が見えないから人生は楽しいのだ、と僕は信じている。