にほんブログ村 本ブログ ビジネス書へ


ザ・町工場~「女将」がつくる最強の職人集団/ 諏訪貴子



「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」(2012年)
著者の諏訪貴子さんを語るうえで欠かせない肩書です。一見、華やかに見える経歴。しかし、2004年、父親である先代の急逝によってダイヤ精機の社長を引き継いだ時、諏訪さんは専業主婦でした。新卒で入社した大手企業に2年、父親に請われてダイヤ精機に短期間勤めた以外、会社組織で働いた経験はありません。そしてダイヤ精機の売上は減収の一途をたどっていたのです。

それから12年、会社を立て直し、メディアに「町工場の星」と取り上げらえるようになりました。そこには紆余曲折があり、さまざまな困難があったと思います。それを乗り越えてきた大きな理由が「人材育成」でした。

<目次 >
はじめに
序 章 未来が描ける町工場に
第1章 「応募者ゼロ」からの大逆転
第2章 “見守り"で新入社員を育てる
第3章 「人財マップ」で若手を育てる
第4章 「頼むね」の刷り込みで幹部を育てる
第5章 ベテランを「最高の教官」に
第6章 「女将」のコミュニケーション論

諏訪さんが社長に就任されたのが32歳の時。社内に年下の社員は3名しかいませんでした。22名の社員のうち14名が50代以上。典型的な逆ピラミッド型の人員構成です。

現在は、34名中21名が20代・30代。大幅な若返りに成功しています。それができたのは、採用活動に力を入れたからですが、その方針はユニークなものでした。

まず、HP(ホームページ)やパンフレットのターゲットを10~20代の「親」世代に合わせたことが挙げられます。就職先を決めるとき最後に背中を押すのは親だからということです。

製造業でよく見られるのは、自社製品の写真を多数載せて、技術力のある堅実した会社であることをアピールするものです。親御さんもそこを気にされることもあるでしょう。しかしもっと気になるのは「どんな仲間と働くのか」「どんな雰囲気の会社か」ということではないでしょうか。だからそこにポイントを変えました。社員の就業風景や笑顔の諏訪社長の写真をちりばめます。明るさ、親しみやすさ、働いやすさなどが伝わりやすいように工夫したそうです。

おそらくこうした変更は、親世代だけでなく実際に就職する若者にも伝わっているのではないかと思います。仕事に就く前の若者にとって、その会社の技術力の高さや数字で示される安定性は、想像の域を出ません。それに比べて、「ここならなじめそうだ」「楽しく働けそうだ」ということは直感で理解できると思うのです。

もう一つ、中途採用の条件から「経験者」を外しました。

技術を要する仕事の場合、どうしても「経験者」を採用したほうが即戦力になってくれると思いがちです。確かにそうした場面も多くあるのでしょう。しかし一方で、「自分が習ってきたやり方と違う」「経験が生かせない」と言ってやめてしまうケースも見受けられます。ならば未経験者をゼロから育てればいい。自分たちの会社のやり方を受け入れてくれる人を採用していけばいい、という考えになったそうです。

さらにサービス業出身者をばかり採用したこともあるそうです。この手の職業出身者は総じてコミュニケーション力は高いです。だからこそ、気難しいといわれるベテランの職人とも臆することなく話しかけ、素直に教えを乞うことができます。結果として成長が早い。「経験者」にこだわる必要はない、自分たちの育て方だという結論になるのも自然なことだと思います。

だから、と言っていいのかわかりませんが、いま、採用で最も重視しているのは「家族のように付き合える人柄」だそうです。誰とでも親しく接することができる、謙虚さ、素直さ、向上心…… こうした性格の人のほうが、どんどん成長していけるということに確信が持てたということです。

こうして採用した人たちを、試行錯誤を重ねながら作り上げてきた人材育成を続けるうちに、人も育ち、離職率も大幅に低下していきました。それが、若返りを図り、職場を活性化し、業績回復につながった大きな要因になっています。


若返りを図る場合、高齢者から退職者を募ったり、場合によっては退職奨励をしたりするという話をよく聞きます。しかし、ダイヤ精機はそれとは真逆のことをしています。

社長就任後すぐに、60歳定年制を65歳まで延長し、若手社員の採用を強化し始めた2007年には70歳定年制へ。さらに70歳を過ぎても、本人が希望するなら働き続けることができる制度に変更していきました。

もちろん70歳を超えた方がすべて働いているわけではありません。午前中だけ、9時から17時までなど、それぞれの人の希望と事情に合わせ、働き方も柔軟に対応しています。

余生を楽しみたいと思ったり体力に自信がかなったりと引退をする人もいる一方で、死ぬまでダイヤ精機で働きたいと最後まだ仕事をつづけた社員もいるそうです。

「技術の継承」を大事だと思うなら、受け手である若者だけでなく、伝えてである高齢者も大切にしていかなくてはいけません。そうでなければ伝わるものも伝わらない。

「高齢者VS若者」
昨今は世代間闘争のような物言いをする人が増えていますが、それでは何も解決しない。日本の様々なシステムは、高齢者に有利に、若者に不利になるように仕組みになっています。それは変えていかないといけないと僕は考えていますが、それは決して闘争であるべきではないと思います。

世代間に架け橋をつくること。それが伝統を保守したいと思う人がするべきことだと思います。


ただ、架け橋を作るといっても簡単ではありません。世代が違う人同士が理解しあうのは確かに難しいことです。そんなときこそ、リーダーの出番だと思うのです。

ダイヤ精機は諏訪社長自らが社員の中に飛び込み、コミュニケーションに核になってきました。「なんでも言い合える」「家族のように付き合える」ように、冗談を飛ばし、笑顔の絶えない職場つくりに邁進してきた様が、本書を読むと理解でいると思います。

「職場の規律がそれで保たれるのか」という考え方もあるでしょう。それはそれぞれの会社の状況による思います。ただ、ダイヤ精機は、諏訪社長はそれで実績を残してきた。それに対しては素直に、自分たちも学べることはないかと考えてみる必要はあると思います。

諏訪社長は、高齢者と若者の間をつなぐ世代。もしかすると、そのことがプラスに働いたようにも思えます。そしていま、諏訪さんより少し下の世代二人が副工場長として頑張っているということです。すでに次世代リーダーとして認知され、これから会社のコミュニケーションの中心になっていくのだと思います。こうした人たちが「架け橋」になることで、技術は継承されていくのだと感じています。

以前、諏訪社長にお話し伺ったときに、印象に残った一言があります。

「ものを作り出しているのは現場で働く人、それにお金を払ってくれるのはお客様。私は社長という役割として、みんなが稼ぎ出したお金を管理して分配しているだけだと思っています。リーダーを”やらせていただいている”という感じです。」

こうした考え方を「サーバントリーダーシップ」というのだと最近知った、と本書に書かれていて、自分がやってきたことが認められていると知って自信になったといわれています。

リーダーが一人でがなり立てたところで組織は動かない。組織を動かすのは現場のそれぞれの人です。こうしたリーダーの在り方が、もっと注目されるべきではないか、と僕は強く思っています。


PS
前著『町工場の娘』もぜひ読んでみてください。その仕事を引き受けるべきかどうか悩んでいる人には、大きな勇気をもたらしてくれます。