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「わからないことは素直に聞けばいい」
よく言われることです。そしてこれはほぼ正しいことでしょう。「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」とも言います。「私の課題は世の中の誰かが解決している」というのも本当だと思います。だけど、だからと言ってなんでもかんでも聞けばいいということではないとも思います。どういうタイミングで聞けばいいか、考えたほうがいい。

講義などで、知らないことを話されているのに知っているふりをしてスルーするのは、やめたほうがいい。それは素直に「わからないのですが…」と聞いて法がいいです。わかった前提で話が進めば、よりお互いの理解のかい離は広がるだけです。
しかし、いったん立ち止まって、調べたり考えたりする時間があるのなら、そういうステップを踏んでから、なおわからないこと聞くようにしないと、結局何も身につかない、ということになりかねません。

学びの中で、コストパフォーマンスが一番低いのは座学だと言われています。一番いいのは、自分が教える立場になること。(だからグループワークで教えあう、というのは重要なのです)いつもそうはできないでしょうから、ワークというか、自分で調べたり考えたりする時間を入れ込んだ講義やセミナーのほうが学びの吸収は大きくなります。

これを踏まえれば、たとえばSNSなどで「それはなんですか」「教えてください」と無邪気にコメントをするのはどうなんだろう、と思うわけです。

「私の理解では○○ということなんですが、それでいいですか」「調べてみたら○○のうようなのですが、正解ですか」という聞き方ならわかります。調べたり考えたりしたうえで答え合わせをしようとしているわけですから。でも、その過程を飛ばして、何でも教えてもらえると考えるのは、自分で自分の首を絞めていると思います。

勝間和代さんが「教えて君になるな!」と言っていました。勝間さんの初期の本は、具体的にこうしたほうがいいよ、と書いてありながら、それは自分の体験だから、あなたもやってみて、というメッセージが込められていたと僕は理解しています。でもそうじゃない人がたくさんいたらしいことを、6~7年前の勝間さんのラジオを偶然聞き直して知りました。

「難しいことはよくわからないのですが…」
という言葉を耳にすることがあります。いつも思うのは
「難しくないから、自分で調べたり考えたりしろ」
ということです。

そして世の中には、正解がないことのほうが多い。教えてもらえるのは、他人の答えでしかありません。自分なりの答えを出していかなといけないことが多い中で、教えてもらうことに慣れすぎるのはよろしくない、と強く思います。

と、最近、確定申告のことで、「教えて~」と騒いでしまった自分への反省としてこれを書きました。