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イギリス人アナリスト 日本の国宝を守る 雇用400万人、GDP8パーセント成長への提言/デービッド・アトキンソン



読み終わってこんなにすっきりした本も珍しい。

著者のデービッド・アトキンソンさんは、元ゴールドマン・サックスのアナリスト。日本の不良債権を暴くレポートを発表して注目を浴びます。
発表当時は物議をかもしましたが、その後の経緯を見ればどちらが正しかったかはっきりします。アトキンスさんのレポートがかわいく見えるくらい、日本の不要債権はとんでもないことになっていたわけですから。
現在は、国宝や重要文化財の補修を手掛ける小西美術工藝社の会長兼社長を務めています。

そんな日本通の著者が、辛口で日本の問題点を指摘してくれています。人によっては感情的に不快になるのかもしれませんが、僕はすっきりしました。意味不明に繰り返される日本礼讃にうんざりしていたからです。

<目次 >
第一章 外国人が理解できない「ミステリアスジャパニーズ現象」
第二章 日本の「効率の悪さ」を改善する方法
第三章 日本の経営者には「サイエンス」が足りない
第四章 日本は本当に「おもてなし」が得意なのか
第五章 「文化財保護」で日本はまだまだ成長できる
第六章 「観光立国」日本が真の経済復活を果たす

たとえば、サッカー・ワールドカップ・ブラジル大会の時、日本人サポーターが、自分たちが座った場所の掃除をした話題が大きく取り上げられました。私もあれは日本文化の良いところだと大いに共感しましたが、マスコミはあのサポーターの行為だけで、あたかも日本人のマナーが世界一良いようなことをふれまわります。あれはあれであって、富士山のごみ問題や、花火大会でのごみのポイ捨てなど、外国人から見てもマナーが悪いところはたくさんあるのです。(p90)

日本人は相対的にマナーが良い、と僕も思います。しかし単純に世界一を自慢できるレベルではありません。日々の通勤電車でそれを感じています。もっとマナーが悪い国と比べて「あそこよりまし」というレベルであればあっさり同意しますが、世界一などちゃんちゃらおかしいと思っています。

アトキンソンさんが繰り返し指摘しているのですが、日本人は「自分たちが望む結論に導くために都合のいい話をくっつける」という面があります。

たとえば、日本は貿易大国だとよく言われますが、GDPに占める輸出の割合は15%で、これは世界200か国の中で下から8番目にあたります。(世界銀行調べ) しかし、こうしたはっきりとした数字はほとんど無視されています。あくまで貿易大国であるという前提に立ち、円安になれば景気が良くなるという幻想を振りまき続けています。

こうした例は枚挙に暇がありません。この本の主題にも観光産業についてもそれが言えます。

海外のネットやマスコミで酷評されたので、ご存知の方も多いかもしれませんが、「お・も・て・な・し」のような単語を区切って強調する言い方は、相手を見下している、バカにした態度ととられてしまうのです。さらに驚いたのは、このような批判を受けても、滝川さんはどこ吹く風で「日本国内では絶賛されました」というようなコメントをしたことです。「おもてなし」と言いながらも「客」の評価などどうでもいい。これでは単なる自分たちの身内で自慢話をしているような印象でしかありません。(p124)

東京五輪誘致のプレゼンテーションが絶賛される理由が僕にはよくわからなかったのですが、その違和感の正体がはっきり分かったように思います。僕も観光業界にいたことがありますが、日本のホテル・旅館が「おもてなし」で世界に誇れるサービスをしているとはとても思えません。

外国人が感じる日本の「おもてなし」の良さは、町で道を尋ねると丁寧に対応してくれるなどといった、個人個人の日本人の対応です。それは浅草あたりに行って外国人の人に話を聞けばすぐわかる。しかしここでも「自分たちが望む結論に導くために都合のいい話をくっつける」ことをしています。ホテル旅館をはじめとする施設におけるサービスに感動しているわけではありません。

もちろん、そうした努力して多くの観光客を獲得している施設があることは知っています。しかしそれは少数派です。少数だからメディアに注目も浴び、取り上げられる機会も増えるのです。全体としてみれば理想にほど遠いと思います。

日本旅館では特に顕著ですが、ゲストの都合ではなく自分たちの都合によってサービスを決めているところがとても多い。それが悪いとも言いませんし、さまざまな制約の中でそうせざるを得ないことがあるのも経験上わかります。しかしそのサービスは「おもてなし」と言えるものではないと思います。なんといっても世界に向かって、
「おもてなしとは、見返りを求めないホスピタリティの精神」
といったわけですから。そんなサービスが日本に満ち溢れているわけがないのは、われわれ自身がよく知っているはずです。

日本は良い国だと僕は思っていますし、そもそも外国に移住しようなんて気はさらさらないのですが、だからといって単純に良いことばかりを強調するのはいかがなものかと思います。欠点を自覚して、しかし、それを克服するともっと良くなる、と考えたほうがより成長していけると思います。

日本が素晴らしい国だとひたすら強調することが国を愛することではありません。ダメなところを見つめるのは辛いかもしれませんが、それができることがヘタレでない証です。

アトキンソンさんの、ある意味辛辣な指摘をきちんと受け止め、じゃあどうすればいい?と考えるところからしか、次の成長はあり得ないとすら思います。
(2015-02-12記)

(追記)
1年前に書いたものですが、感想はなにも変わらないどころか、指摘されている状況はもっとひどくなっていると感じています。
そんなに「日本は立派な国だ」と声高に叫ばないと自信が持てないのかな、と思います。そんなことをしなくても、日本はいい国だし、日本の美徳は、つつましやかさであり謙虚さだと僕は思うのですが。
くだらないことでアメリカ化したり中国化したりすることはないはずですが。





*デービッド・アトキンソンさんの他の著作