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「学力」の経済学/中室牧子




昨年、話題を呼んだベストセラーです。いままであまり紹介されていない内容です。今までの教育論は、教育者などが自分の「信念」に基づいて書いたもの、あるいは信念に基づいて行った「自分の」活動から導き出した結論をもとに書かれたものがほとんどです。この本は違います。様々な調査(実験)を分析した、エビデンスベースで書かれています。それだけに、非常に興味深い知見を示してくれます。

僕は、ここで導き出されているある種の結論に、納得がいかない部分もあります。理由は後述します。しかし、だからと言ってこの本が価値がないというつもりはありません。それどころか、これからの教育を考える上で、考え方の道筋は大いに学ばなくてはいけない本でと思っています.

<目次>
はじめに
第1章 他人の成功体験はわが子にも活かせるのか?-データは個人の経験に勝る
第2章 子どもをご褒美で釣ってはいけないのか?-科学的根拠に基づく子育て
第3章  勉強は本当にそんなに大切なのか?-人生の成功に重要な非認知能力
第4章  少人数学級には効果があるのか?-エビデンスなき日本の教育政策
第5章  いい先生とはどんな先生なのか?-日本の教育に欠けている教員の「質」という概念
補論 なぜ、教育に実験が必要なのか
あとがき

教育については、思い込みで語られることが多いです。素人でも何か言えます。自分が受けてきた教育のダメな部分を言い募ればそれだけでなんとく意見らしくなります。子供を育てた経験があれば、ましてその子供が複数、東大に合格したなんていうことになると、立派な評論家が誕生します。

しかし、ひとつの事例をもって全体を表しているかのようにいうのはおかしくないでしょうか。全体について語るなら、そこには統計的な裏付けが必要とされると思います。

本書は、アメリカをはじめとする多くの国で行われてきた、実験(観察)データを踏まえて、いままで常識とされていたことを覆していきます。データに基づいているので説得力があります。

具体的な事例については、ひとつだけ、あまり突飛でもない例をあげておきます。それ以上のことは、ここでは触れません。目から鱗が落ちる体験ができるかもしれませんから、ぜひ本書を手に取ってみていただきたいと思います。

「子供はほめて育てるべきなのか?」
最近は、ほめて育てろ、が主流の考え方です。僕もそう思っています。ただ前から疑問があって、それは「ほめ方の問題もあるんじゃないの」ということでした。本書では、「頭がいいわね」と「よく頑張ったわね」のどちらがいいのか、という実験結果を示しています。統計的には、明らかに「よく頑張ったわね」のほうが成績は向上します。能力をほめるのではなく努力をほめよ、ということです。「やればできるのに」と言われて育つと、いつまでたってもやらない人が多いというデータが見とれます。

こうした具体的なデータに基づく内容が豊富に示されます。誰か一人の経験を普遍化したようなものはひとつもありません。

最近、「受験に恋愛は無駄」という話が流布しました。しかし、それはたまたまその人にとっては、という以上のものではありません。本来であれば、高2の終了時点で東大に現役合格できそうな力を持った子たちから、恋愛をしている子としていない子をグループ分けして、1年後、グループ間に合格率の差が明確につくかどうかを調べる。そうして初めて「受験に恋愛は邪魔」とは言えるかどうかの判断材料が示されたことになります。

マクロの視点、政策を考える上では、こうしたデータに基づく考察は絶対に必要だと思います。具体的な根拠もなく、お互いの意見をぶつけ合ったところで、有益な案が出てくるとは思えません。今後、こうした方法はもっと活用されるべきだと思いますし、データに基づくという考え方は、教育のみならず、さまざまな分野で必要とされると思います。

にもかかわらず、僕が「納得がいかない部分もあります」と書いたのは、二つの理由からです。

ひとつは、本書で扱われるデータのほとんどが、アメリカをはじめとする外国の事例で日本の事例ではないことです。教育効果には地域差も必ずあります。地域が違えば、同じことをしても違う結果が出ることもあるでしょう。本書の中にもそれを示唆した部分があります。だから、ここに書かれたことがすべて正しい、と鵜呑みにないほうがいいとは思います。

これは、著者の中室さんの責任ではありません。本書の中でも中室さんが強調をされていますが、データを公開しようとしない日本政府の責任です。実験をしていないわけではありません。しかし、さまざまな理由はあるのでしょうが、ほとんどのデータが公開されていないのです。役人がすべてを握っているわけです。研究者などにもっと幅広く公開し、知見を得るべきだと思うのですが、やらないところが日本だという気もします。

その分、学習塾やNPOなどから中室さんに共同研究の声掛けがあるようです。そうしたところでデータを積み上げた、また新たな見解を聞かせてもらえたら、と思います。

もう一つは、マクロでは有効でもミクロで有効とは限らない、ということです。これも研究者の間では当たり前の話だと思うのですが、何も知らずに本書を読むと、本書の結論が絶対だと思う人が出かねないのであえて触れておきます。

Aという施策で成績が伸びた子が8割、横ばいが1割、下がった子が1割だとします。Bという施策では伸びた子が2割、横ばいが2割、下がった子が6割です。マクロで見れば、Aという施策をとるのが良いということになります。

しかし、ミクロで見れば、伸びなかった子が2割いるわけです。そして、あなたの子供がその2割に入らない保証はどこにもない。逆に、Bの施策で伸びた2割に入るかもしれない。数学のように純粋に「Aなら○○という結果になる」ということはなく、あくまで「傾きがある」ということです。「個」として考えれば、必ず当てはまるわけではありません。ですから、自分の子供など、個人に対して本書に示されていることをすべてあてはめたとしても、思った通りの結果がでないことがあっても不思議ではない、ということは心に留めておいてほしいと思います。

それでもなお、話を戻しますが、マクロで見た場合にはこのエビデンスベースと呼ばれる実証研究は、とても有意義なものであることは間違いありません。結果が出ない子たちには、別な対処が必要になりますが、結果が出ない子が少ないほうが費用対効果で考えても効率がいいことは明白ですから。

著者の中室さんのお話し、昨年、マザーハウスカレッジで伺いました。熱い思いを持ちながら理路整然と教育について語る姿に感銘を受けました。今のままの姿勢で、研究を進め、より有意義なデータを示してほしいと思っています。

そして、教育政策に関わる人は、この本を読んでエビデンスベースの考え方の重要性を認識し、政策に生かしてほしいと思います。。また、自分の子供の教育に悩んでいるような方は、本書を読むことで、世間の俗説に流されることなく、本書を参考に自分なりの、その子にあった教育法を見つけていってほしいと願っています。