2009年10月から2010年1月にかけて、MCCで山田ズーニーさんの文章講座を受講していました。
昨日、同期会をしたのですが、互いに自分をさらけ出した経験を持つ絆は不思議なものだと思います。
僕も、文章を書くことを仕事の一部にし始めていますが、すべての原点はここにあります。原点回帰という想いも込めて、再録しておきます。

 
「3年後に在りたい姿について話してください」

先日参加したあるパーティでそう依頼されました。ですが、結局、僕は3年後の自分をイメージすることができませんでした。3年前の自分は絶対に今の自分を想像することができなかった、だから、3年後の自分を想像することもできないと思ったのです。

3年前の僕は無職でした。鬱病でもありました。金がないどころか借金もありました。生きる希望は何もなく、ただ、惰性で生きていたのです。保険を解約して作ったお金が底をつき始め、惰性で生きていくことすら難しくなったころ、仕方なく親戚のところに仕事を紹介してくれるよう頼みに行きました。そして、今の会社にもぐりこむことができ、生活を立て直す一歩を踏みだし始めたのです。

それはけっして思い描いていたような再スタートではありませんでした。
「縁故関係に頼らない」
というポリシーを曲げました。仕事は全く経験のない職種で、自分の役割が見えないままのスタートでした。上を向いて歩き始めた、という状況では決してなく、上目使いに恐る恐る前を見た、という感じでした。

それでも、そこには、今につながる道がありました。目線を上げて歩き始めて本当によかったと、今思います。その後、その当時では想像もできなかった、たくさんの人とつながって、楽しくてわくわくする事と出会えたから。

今思えば、当時の僕の悩みなどたいしたことではなかったかもしれません。世の中にはもっとつらい状況に置かれている人がたくさんいます。そして悩みや痛みは人それぞれだから、僕が過去にどんな経験をしてきたとしても、そんな人たちの悩みや辛さを本当に心底わかることはできないのだと思います。

それでも僕はそうした人たちに言います。
「目線を上げて!自分で立ち上がるしかないのだから」

大丈夫です。人は必ず立ち上がれます。そして変わることができます。今は想像することができなくても。僕のような人間でも自力で立ち上がって歩き始めることができたのだから。動き始めればきっと、思いもよらない素敵な人や出来事に出逢えるはずだから。

振り返ってみれば、つらかったことを含めた過去の経験すべてが、今の自分の「スタイル」や「味」を作ってくれたんだと感じます。過去を卑下するのではなく、積み重ねてきた年月に誇りを持って、目線を上げて前へ歩いていけば、必ず人は立ち直れるのです。

そのことを伝え続けたい、言葉だけでなく生き方でも。
「あいつができたんだから私にもできるはず」
と感じてもらえるような人でいたい、と思っています。

「暗闇のトンネルの中にいる人に向けて、光に向かって『自分の力で』歩いておいで、と声を掛けられる人は、本当に厳しくて、究極にやさしい。」
僕の人生を変えた恩人を評した後輩の言葉です。
僕自身もそういわれるような人でありたい、と願っています。

2010年1月7日記

伝わる揺さぶる