渋沢栄一 愛と勇気と資本主義 /渋澤健



ヘッジファンド、渋沢栄一、直販長期投資信託。何の関係もなさそうなことを並列的に書かれています。
若いころヘッジファンドでキャリアを積み、日本資本主義の父・渋沢栄一の孫の孫であり、現在、コモンズ投信の会長をされている渋澤健さんだからこそかけた本、という気がします。

<目次>
序章  渋沢栄一に学ぶ「愛と勇気」
第1章 資本主義の鬼子――ヘッジファンドの世界
第2章 もし、いま渋沢栄一がいたならば・・・・・・
第3章「今日よりも良い明日」をめざす共感資本主義
第4章 渋沢栄一の家訓に学ぶリスクマネジメント

一見、脈絡がないように思えながら、読み進めるとそれぞれの関係が見えていると思います。その軸はいくつかありますし、読者の興味によって読み取ることに違いもあると思います。

僕がひとつだけあげるとすると、「リスク」に対する考え方。これはすべてに通底するものがあります。

重要なポイントが、リスクという言葉は「危険」という意味ではなく「不確実性」であるということだ。将来が不確実であるからこそ、収益の機会に巡り合うことができる。そういう意味では、リスクを避けていては、機会に出会えなくなってしまう。(p66)

同じような意味のことが、他の場所にも散見しています。ヘッジファンドはリスクを取りにいくからリターンを取ることができる。渋沢栄一は、明治という日本酒本主義の勃興期に、前例がないことにチャレンジし続けたからこそ、後世に名を残すような活躍が出来た。コモンズ投信も同じように、リスクを取りにいくということを考えて運営をされている。リスクは避けるものではなく取りにいくものだという考えは一致しています。

不確実性とは、違う言葉でいえば「振れ幅」になると思います。プラスマイナスに振れる幅の大きさ。それが大きいことを「リスクが高い」というのです。大きなプラスを得ようと思えば大きなマイナスも覚悟しないといけない。どこまでのマイナスなら許容できるかを考え、リスクを取りに行く。「確実」を重視すれば、大きなマイナスを背負い込むことはないですが、大きなリターンも得られない。これは金融投資のみならず、あらゆる場面で言えることだと思います。いわゆる自己投資だって、同じような考えに立たないと、成長は小さなものになってしまいます。

日本ではまだまだ、リスク≒危険、という考えが根強いですが、少しでも「不確実性」「振れ幅」なんだという考えが広まって、リスクを取ってチャレンジする人が増えると良いと思っています。そうでない限り、いくら言葉遊びをしても「日本発イノベーション」など起こりようがないと思うのです。

第3章では、コモンズ投信の基本理念が語られています。端的に言えばこういうことだと思います。

コモンズ投信の存在意義は、豊かな日本社会の持続性を支える長期的な成長資金を循環させること。(p283)

コモンズ投信自体もリスクを取りながら、リスクを取って社会的な価値創造をする企業に投資をしていく。もちろん、短期的な利益を追うのではなく、長期的な成長を後押しするような投資行動です。

そのためにさまざまなことに取り組まれています。恥ずかしながら、僕自身知らなかったこともあります。ファンドを単に運用以外にも、社会的起業家を応援するための寄付の仕組みがあったり、社会起業家フォーラムを開催したり、というか活動もされています。そのすべてがコモンズの基本理念に結びつきます。

こうした理念、それに基づく活動に強い共感を覚えます。実は、僕自身はコモンズ投信を購入していないので、こんなことを言うのはおこがましいのですが。(真面目に別なところの資金をシフトさせることを検討しています。共感した先に投資する、というのが最近の僕の基本姿勢になりつつあるので)

最後に、渋沢栄一が残した家訓が紹介されています。『論語と算盤』の中にも書かれているような、道徳経済一体、あるいは自己の利得と道徳の間でどうバランスを取るか、ということが述べられています。まさに、コモンズ投信の理念と通底するところがあります。

つまり、「利己」(テイク)と「利他」(ギブ)とは正反対の相容れない関係ではなく、利己に時間軸を刺すと、利他への自然に繋がって行く相互関係なのだ。(p346)

時間軸が、道徳と経済のバランスを取るひとつのヒントになるのだと思いました。仏教にも「自利利他」という言葉があります。ざっくり言えば、自利≒利他、という意味です。自分を殺して他人に尽くすのではなく、自分を活かして他人を喜ばせたり楽しませたりする。それが僕らにできる「社会貢献」の形だと思いました。

僕の読み方は一例で、さまざまな読み方が可能な本です。ヘッジファンドの世界に興味がる人など、少しでも引っかかるものがあればぜひ手に取ってみてください。

愛と勇気と資本主義