自立は目指すべきこと、依存はしてはいけないこと、自立と依存は対にして使われることが多い言葉です。でも本当にそうなんだろうか、ここ数年、疑問に思ってきました。

きっかけは数年前、偶然目にしたこの記事。

自立は、依存先を増やすこと 希望は、絶望を分かち合うこと

もともと僕は、社会は相互依存でできていると思っています。人はいろいろなものに依存しいないと生きてはいけない。人間だけでなく、動植物やさまざまな文明の利器に依存して生活しています。だから「俺は自立しているんだぜ」と強調したがる人を信用しないようにしてきました。
またさまざまな支援のスローガンが「自立支援」であることも
「それはそうなんだけどさあ、、、」
という違和感を持ち続けてきました。

できるだけ人様に迷惑を掛けないように生きていきたいと思いますが、現実はたくさんの迷惑を掛けていると思います。一方で、他人からも迷惑を掛けられているとも感じています。

「お互い様」ってそういう意味だと思いますし、これは日本の美徳だったはずだ思うのです。(ここから「自己責任」という言葉は嫌いだ、というところに結びつかないでもないです)

ただ、ひとつのことに過剰に依存する状況は、普通で言えば「病気」です。アルコール依存症は典型でしょうけど、さまざまな種類はありますが「ひとつ」のものに過剰に依存してしまっている人は多いように思います。

自分自身の過去を振り返っても、ひとつのことに依存し過ぎていた時期は、精神状態がおかしかったわけです。いま振り返るとわけがわからないのですが、当時はそこに行かないことには、自分の居場所がないと思えたし、それだけが心の支えのようになってしまっていました。
そう言う経験も踏まえて、リンク先の記事を読んだので、腑に落ちるものがありました。

ひとつのことに過剰に依存してしまえば、それを亡くした時、それだけで人生に絶望してしまいます。だから、依存先を増やして、一つひとつへの依存度を少なくすることはとても大切です。依存先のポートフォリオを組むような感じですね。

分散投資のように、依存しているものがひとつやふたつなくなったくらいで困らないようにしておく必要があります。その状態が傍から見ると「自立」に見えるのではないかと思うのです。そして、実は自分がたくさんのことに依存しているのだということに自覚的であることが、自立している証なのだと考えています。

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