出版企画書の書き方セミナー」的なことを主催したりすると
「将来、本を書きたい(出版したい)と思ってるんですか? 」
と聞かれることが増えます。

まったくそんな気はないと言ってしまうとうそになりますが、それほど強くは思っていません。

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文学少年だった高校生の前半、強烈に本を出してみたいと思っていた時期はあります。小説家になれるとは思っていませんでしたが、それに関わるような仕事、文筆に関わることで飯が食えるようになりたい、そう思っていた時期がありました。
高校の1年先輩に小説家になった人がいます。この人が書いたものを初めて読んだときの衝撃は忘れられません。こういう人が将来、文章で身を立てていくんだろうな、僕が書くものとは別世界だ、と思いました。そこであっさり文学はあくまで趣味、生業にしようと考えるのはやめようと決めます。

もちろんあこがれは持ち続けました。僕の高校時代に読んだ本の7割はその先輩の影響下にあったといっていい。人生の中で少女漫画を読んだのも高校時代だけです。少しでも近づきたい、という意識はあったのでしょう。だからといって自分が書くというイメージは持てなくなっていました。

さらに言うと、この先輩が恩田陸などというペンネームでデビューしたので、2005年になるまで作家になったことを知らずにいました。あの人がなれないのだから俺がなれるわけがない、とどこかで思っていたんですが、なんのことはない、1991年にはデビューしていた(苦笑)

浪人時代、早稲田大学一文・二文のためだけに小論文講座を受講していました。僕の人生で一番まともな文章を書いていたのはこの時期だと思います。ちゃんと論理的でありながら、採点者を楽しませるエンターテイメントも含んだ文章が書けていました(僕の記憶によれば)。

大学は、文学部に行くつもりだったのが、間違って受かってしまった政治経済学部に行くことになり、文学から社会科学に大きく舵を切ることになります。レポートやゼミ論は書きましたが、それ以外に文章を書くということから離れていきます。
社会人になればなおのこと、ビジネス文書は書いても「文章」を書くことはなくなりました。

2008年くらいからビジネス書を読み始め、2009年からブログを始めて、なんとなくまとまった文章を書く機会を取り戻した感はあります。文学以外でも「出版」という機会があることもわかりました。でも自分で本を書くということにはつながりませんでした。

結局、たどり着くのは「僕に書く資格があるのか」「伝えるべきコンテンツはあるのか」という点に確信が持てずにいるからです。それがないのに安易に書きたいというのは、まずいと思うのです。

そういうことで、つまりは本を書きたいと思ったことはほとんどありません。これからもたぶん変わらないと思います。

ただ、自分にコンテンツがなくても、他人を取材して、その人を取材した人を通して何かを表現するということはできるのではないか、という可能性が感じています。

いま、文体やスタイルやらから見て、一番好きなライターは島崎今日子さんという方です。

『〈わたし〉を生きる――女たちの肖像』



『安井かずみがいた時代 』


などを書かれている方。

こういうスタイルでできることをやってみたい、という気分は盛り上がっています。その先に「出版」ということがあるのなら、それはやってみたいと思う日が来るかもしれません。

PS
ちなみに、テレビに出たいと思ったこともありません。ただし、ラジオは別です。熱烈に出演してみたい。
ゲストに呼んでもらえるような実績を、きちんと作っていきたいと思ってます、はい。